リンクユニット上
2012年12月12日水曜日
書き取りよりも計算よりも大事な「ストローク」の与え方
先日、「言うことを聞かない子供には、逆に叱る時間を減らしてみるといいらしい」という書き込みをしましたが、この内容について、もっと深く書いた記事を見つけましたので、紹介したいと思います。記事は
・「幼いころの“構ってちゃん”が仕事や人生の邪魔をする」
詳しいことは実際に記事を読んでもらうとして、おおざっぱなまとめと感想を。
私が先日書いたようなことは、「交流分析」の「ストローク」の概念で説明できるようです。
ストロークとは、人からもらう反応のこと。
人間は社会的動物と言われますが、人との関わりがどうしても欲しいもののようです。だからストロークをもらえる方法を学習し、行動します。
その方法を学ぶのは子供時代。どんなことをすれば自分の方を見てもらえるのか、何を言えば返事をしてもらえるのか。そうした経験を積み重ねて、人との関わり方の基礎を学ぶわけですね。
そうして学んだ方法は、一生を通して使われます。幼児期の対人関係が、後の人間関係の基本になるので、どうやってストロークをもらっていたかはとても重要です。
もちろん、望ましいのは適度な自由と適度な制限のもと、良好で十分なストロークをもらえていた場合。
では、十分に良好なストロークをもらえなかった場合はどうなるか。
褒められる、優しくされるなどのプラスのストロークが足りないときには、無いよりまし、とばかりに怒られるなどの悪いストロークでも欲しがってしまいます。そうしてマイナスのストロークをもらう習慣がついてしまった場合は、困ります。
たとえば、もし相手を怒らせることでストロークをもらうことを学ぶと、大きくなっても相手をわざと怒らせてストロークを手に入れようとします。
うまくできているときにはかまってもらえず、失敗したときだけかまってもらえると学ぶと、頑張って成功しようという意欲を持てない可能性があります。
もちろん習慣ですから、変えようと思えば変えることもできます。ただ、無意識に行っていることを変えるには、知識も時間も努力も必要です。
子供の将来を考えるとき、計算や漢字の書き取りよりも重要な問題だと言わざるを得ません。ぜひ、リンク先の記事のご一読をおすすめします。
2012年11月24日土曜日
文字の敏感期についての個人的体験
敏感期には、いろんな種類があって、もちろん文字の敏感期もあるわけです。参考までに、わが家の例を書いておきます。
以前に書いた「子供の潜在能力を101%引き出すモンテッソーリ教育」(講談社+α新書)では話し言葉の敏感期は0~3歳、書き言葉の敏感期は3歳以降としています。
娘の場合、本当に書かれているとおりの3歳から始まりました。
・読むこと
一歳になる前から絵本の読み聞かせはやっていましたが、とくに文字に興味を持つことはありませんでした。
ところが、三歳の誕生日を過ぎたころ、突然文字への好奇心が爆発しました。絵本を読んでいても、話の筋とは関係なく
「あ、の字は?」
「お、はどれ?」
と一音ごとに文字を尋ねます。散歩していても、看板などの文字を見るたびに質問が始まります。
面倒を省くためにパソコンから50音字表を出したのですが、逆にそれを利用されて、「これは? じゃあこれは?」と連続で尋ねられる始末。いかにも敏感期らしい集中ぶりで、聞かれることに返事をしているだけで、次々と文字を覚えてゆきました。
結局、一ヶ月かからずに50音を覚え、さらに数ヶ月で濁音や「きゃ、きゅ、きょ」などの音、「は」と「わ」の読み方を覚えて、一人で本を読むようになりました。
・書くこと
読めるようになったら、次は書くことに興味を持つかと思ったのですが、そういうわけではないようです。文字を書くことに興味を持ったのは、ぐっと遅れて四歳半。
このときは勝手に新聞広告などの文字を書き写し始めたので、また50音表を出して渡してやりました。
今にして思えば、これが大失敗。書き順のない50音表を渡したので、書き順がめちゃくちゃでした。皆様、子供が字を書くことに興味を持ったときには、ぜひ書き順付きの50音表をどうぞ。
参考までに、いくつかのホームページを紹介しておきます。
リビング用「ひらがな書き順表」
ひらがな練習プリント
ちなみに、本物のモンテッソーリ教育では、手を使うことを重視する意味から、字の形の溝を彫った板をなぞるなど、読むより先に書くことをするそうです。
・最近の娘
なぜか、遭難ごっこが大好きです。船で流されたり、島にたどり着いたり、小屋を造って食料を持ち込んだり。
あんまりしばしば遭難ごっこに誘いにくるので、
「遭難ごっこしよー!」
と言われるときに
「え、そうなん?」
とオヤジダジャレで切り返すことにしました。娘は笑いますが、目は冷たいです。
2012年11月13日火曜日
口の中で「チャリーン」とつぶやいてみる
前回の「子供は親の時間を食って成長する」という言葉に関連して。
子供が生まれたての頃、母親はやっぱりたいへんです。数時間おきに目を覚まして泣きますから、授乳したり、おむつ替えをしたりしなくてはなりません。母乳だったので、私が代わってやることもできず。たまにおむつ替えを手伝うくらいです。
最近、妻がそのときを思い出して言います。
「あのとき、貯金って言ってくれたのが助かったー」
これだけだと何のことかわかりませんね。はっきり言って、言った私も忘れてました。
夜中に子供が目を覚まして泣いたとき、私がこう言ったそうです。
「今、この子の中に貯金してるんだよ。泣いたときに無視されなかったってことで、親に対する信頼が、チャリーンって」
妻いわく、そのとき頭の中に貯金箱が浮かんだらしいです。
今、確かに子供に時間や手間をとられている。しかし、その時間や手間は、消えてなくなったりしない。すべてこの子の中に残って人格や知性の元になっていくのだ、とイメージできたら少し楽になったのだそうです。
貯金箱というのは、ちょっとセコいイメージかもしれません。でも子供を育てる親にも、何らかの励みは必要です。やった結果がしっかり残っていると思うだけで、力が出ます。
子供が泣きながら飛びついてくるとき、服をどろんこに汚してくるとき、よくわからない言葉で一所懸命に話しかけてくるとき。
相手をするのがちょっと疲れたなと思ったら、口の中で「チャリーン」とつぶやいてみてください。いま、信頼が、安心が、温かさが、子供の中に貯まっています。
その貯金には、かならず大きな利子が付いて返ってきます。
・最近の娘
先日、小学校入学前の健康診断を受けた娘。
視力検査で
「はい、それじゃあCのあいている方を答えてねー。これは?(↑)」
「うえ!」
「これは?(↓)」
「した!」
「これは?(→)」
娘は自信たっぷり、大きな声で
「よこ!」
どっちやねん。
2012年11月4日日曜日
言うことを聞かない子供には、逆に叱る時間を減らしてみるといいらしい
親のいうことを聞かない子供には、二つのパターンがあります。
一つは「やりたい!」という衝動が抑えられないとき。といっても、これは健全な意志の現れですから、だんだんとルールが飲み込めてくると収まってきます。
問題はもう一つの方。親にかまってもらうために、わざと言うことを聞かないときです。
子供は、親にかまってもらうのが大好き。見ていてほしいし、話を聞いてほしい。できればくっついていたい。人間は社会的動物ですから、認められたり注目されたりすることが必要なのです。
親にかまって欲しいとき、もっとも確実にかまってもらえる方法の一つが「叱られること」なのです。どんなに親が忙しくても、大騒ぎしたり、ものを壊したりすれば、子供の方をみてくれます。
親は叱っているつもりでも「もっとかまって欲しい」と感じている子どもにとっては、ご褒美をもらっているようなもの。悪いことをするほどかまってもらえるわけですから、いくら叱っても言うことを聞かない悪循環に陥ります。
そこで、子育て理論の中には「悪い行動に注目しない」という方法を提唱するものがあります。
子供が悪いことをしたときには、なるべく短時間で注意を与え、かまいすぎない。
逆に、悪いことをしていないときにしっかり向き合い、なるべく褒める。
子供にとっては悪いことをしても何も得することがありません。逆に、良い行動をしているときに親の関わりが得られるので、行動を改めやすいのです。
叱られることによる自尊心の低下が起きにくく、いいところを認めてもらうことによって自信がつくのもいいところ。
「子供が言うことを聞かないなあ」と思うときには、考えてみていい方法です。
もちろん、叱る以外の関わり方が多いのが前提。なんでもないときに、たっぷりかまってやると、子供の心も安定して一石二鳥です。
・付記1
無視と褒めることのバランスを使ったしつけの本があります。悪いところを指摘して叱るのではなく、良い点に注目、悪い点を意図的に無視することで子供を指導します。
マンガ形式なのですぐ読めて、お勧めです。

一つは「やりたい!」という衝動が抑えられないとき。といっても、これは健全な意志の現れですから、だんだんとルールが飲み込めてくると収まってきます。
問題はもう一つの方。親にかまってもらうために、わざと言うことを聞かないときです。
子供は、親にかまってもらうのが大好き。見ていてほしいし、話を聞いてほしい。できればくっついていたい。人間は社会的動物ですから、認められたり注目されたりすることが必要なのです。
親にかまって欲しいとき、もっとも確実にかまってもらえる方法の一つが「叱られること」なのです。どんなに親が忙しくても、大騒ぎしたり、ものを壊したりすれば、子供の方をみてくれます。
親は叱っているつもりでも「もっとかまって欲しい」と感じている子どもにとっては、ご褒美をもらっているようなもの。悪いことをするほどかまってもらえるわけですから、いくら叱っても言うことを聞かない悪循環に陥ります。
そこで、子育て理論の中には「悪い行動に注目しない」という方法を提唱するものがあります。
子供が悪いことをしたときには、なるべく短時間で注意を与え、かまいすぎない。
逆に、悪いことをしていないときにしっかり向き合い、なるべく褒める。
子供にとっては悪いことをしても何も得することがありません。逆に、良い行動をしているときに親の関わりが得られるので、行動を改めやすいのです。
叱られることによる自尊心の低下が起きにくく、いいところを認めてもらうことによって自信がつくのもいいところ。
「子供が言うことを聞かないなあ」と思うときには、考えてみていい方法です。
もちろん、叱る以外の関わり方が多いのが前提。なんでもないときに、たっぷりかまってやると、子供の心も安定して一石二鳥です。
・付記1
無視と褒めることのバランスを使ったしつけの本があります。悪いところを指摘して叱るのではなく、良い点に注目、悪い点を意図的に無視することで子供を指導します。
マンガ形式なのですぐ読めて、お勧めです。
2012年10月17日水曜日
子供のウソを、あえて信じてみます
前回書いた「子供に結果を体験させる」方法は、ウソのしつけにも使えます。
ウソをつくことがいけないのは、そのウソが真実としてまかり通ってしまうから。だから「ウソをつくな」という代わりに、子供のウソをあえて真実として扱い、子供が困るまで押し通してやるわけ。
ある日の食事時、娘が「もうおなかいっぱい。残していい?」といいました。見ると、皿の上に残っているのは嫌いなものだけ。本当におなかがいっぱいかどうかは見てればわかりますから、
「いいよ、残しなさい」
と言いました。
「はーい」
とニコニコの娘。それを見計らって、
「さあ、デザートだ」
とチョコレートやビスケットを取り出しました。あわてたのは娘。食事を残さず食べたときだけデザートというルールなので、さっき残した皿にとりかかろうとします。
「おなかいっぱいだから、無理に食べなくていいよ」
と皿を取り上げてしまうと、娘は「まだ食べられる!」と言い張りました。
ここで
「ウソをつくからだ!」
という叱り方もできるのですが、そこはあえて叱りません。
「さっき、おなかいっぱいって言ったよね。それともウソだった?」
子供でも、ウソという言葉はプライドが許さないらしいです。涙目になりながらも、納得しました。
まあ、一時間くらいたってから「そろそろおなかが空いたかな」と水を向けてやるのは、やっぱり甘いところ。
ウソが本当に怖いのは、ばれた時よりばれないとき。その怖さを幼いうちに体験すれば、ウソをつくことの意味がわかるのではないかと思います。
とはいうものの、娘はもともとあまりウソはつきませんでした。
「好きな食べ物はキノコです」という、何のためにつくのか分からないウソをつくくらいで(本当は嫌い。とくにエノキとナメコが大嫌い)。
ウソが少なかった理由を考えると、あまり叱りすぎなかったせいかもしれません。
三歳、四歳くらいまでの子供のウソは大半が身を守ろうとするものです。だから強く叱られれば叱られるほど、隠すためのウソは増えます。失敗などしたときにも、あまり叱りすぎないこと。罰も原状回復(落書きをしたなら自分で消させる、ものを壊したら自分で片づけさせる)を基本にしておけば十分ではないかと思います。
ところで娘ですが、5歳になったある日の朝食時に突然、
「お父さんごめんなさい。ウソついてました」
と言い出しました。こちらはぜんぜん心当たりがありません。
「ウソってなに?」
と尋ねると、
「…ほんとうは、キノコ嫌いです」
うん、知ってた。
2012年10月9日火曜日
子どもに叱り方をダメ出しされました
娘は本が好きで、絵本でもマンガでも手あたり次第に読みます。大人用の本でも、絵やマンガが入っていれば読もうとします。愛読書は「究極超人あーる」(この題名を見てわかった人は、きっとアラフォーの男性)
あまりにも本を読むことに引っかかるので、ものごとが進まないこともしばしば。そこで先日、妻が娘を叱ったそうです。
すると娘が
「その叱り方はダメ。これ読んで勉強して」
と言って、「子供の心のコーチング 実践編」(菅原裕子)という本を差し出したとのこと。幼稚園児のくせに…。
「ちょっとイラッときた」とは妻の弁。
「子どもの心のコーチング 実践編」は、マンガ入りの子育て本です。
著者は人を育てる技術、コーチングの専門家で、「自ら問題解決できる子を育てる」方法を書いています。対象は主に小学生以上の子どもを持つ親。
メインになるのは2つ。子どもの問題と親の問題を分けること。子どもに自分で考えさせ、結果の責任をとらせることです。
例えば、朝起きてこない子どもに対しては「起きるのも遅刻するのも、本来は子どもの問題で、親の問題ではない」と考えます。
親は「子どもが遅刻したら恥ずかしい」と、起こしてしまいがち。そうすると子どもは、遅刻をせずにすむので、遅刻という苦い結果を体験することが出来ません。ひいては正しいルールを学ぶチャンスを失ってしまいます。
そこで、子どもに責任を返し、「これからは起こさないから、自分で起きよう。そのために何か必要な物はある?」と問いかけます。目覚ましが必要だと言ったら買ってやる。その上で、本当に起こさないことを徹底します。
遅刻して恥をかいたら、その結果を子ども自身が体験して学ぶでしょう。それによって自分で考え、実行する事ができるようになるというのです。
この方法の便利なところは、子どもが自分で学んでくれることです。
子どもにルールを教えようとするときには、つい叱って、せかして、指示を飛ばしまくったりするもの。しかし親が代わりに考えてしまうと、子どもに責任感が育ちません。
必要な行動と、それをしないことによる結果を教えるのが親の役目。あとは体験を通して、叱らなくても自分で学んでくれます。
わが家の例。3歳くらいのころ、癇癪を起こして親を叩くことがありました。そういうとき、「叩くな」という代わりに「叩かれたら嫌だ」と伝えました。それでも叩こうとしたら「叩かれるのは嫌だからあっちに行く」と子どもを置き去りにして去ることにしていました。もちろん、追いかけてきてもかまってやらない。
叩かれるのは嫌だということ、叩くと人が離れてゆくという結果を体験することで、すぐに叩く癖はなくなりました。親としても、叱るよりずっと気楽でした。
ちなみに「子どもの心のコーチング 実践編」の他に、マンガの入っていない「子どもの心のコーチング」が有ります。内容はほとんど変わらないので、どちらを読まれても良いと思います。
あまりにも本を読むことに引っかかるので、ものごとが進まないこともしばしば。そこで先日、妻が娘を叱ったそうです。
すると娘が
「その叱り方はダメ。これ読んで勉強して」
と言って、「子供の心のコーチング 実践編」(菅原裕子)という本を差し出したとのこと。幼稚園児のくせに…。
「ちょっとイラッときた」とは妻の弁。
「子どもの心のコーチング 実践編」は、マンガ入りの子育て本です。
著者は人を育てる技術、コーチングの専門家で、「自ら問題解決できる子を育てる」方法を書いています。対象は主に小学生以上の子どもを持つ親。
メインになるのは2つ。子どもの問題と親の問題を分けること。子どもに自分で考えさせ、結果の責任をとらせることです。
例えば、朝起きてこない子どもに対しては「起きるのも遅刻するのも、本来は子どもの問題で、親の問題ではない」と考えます。
親は「子どもが遅刻したら恥ずかしい」と、起こしてしまいがち。そうすると子どもは、遅刻をせずにすむので、遅刻という苦い結果を体験することが出来ません。ひいては正しいルールを学ぶチャンスを失ってしまいます。
そこで、子どもに責任を返し、「これからは起こさないから、自分で起きよう。そのために何か必要な物はある?」と問いかけます。目覚ましが必要だと言ったら買ってやる。その上で、本当に起こさないことを徹底します。
遅刻して恥をかいたら、その結果を子ども自身が体験して学ぶでしょう。それによって自分で考え、実行する事ができるようになるというのです。
この方法の便利なところは、子どもが自分で学んでくれることです。
子どもにルールを教えようとするときには、つい叱って、せかして、指示を飛ばしまくったりするもの。しかし親が代わりに考えてしまうと、子どもに責任感が育ちません。
必要な行動と、それをしないことによる結果を教えるのが親の役目。あとは体験を通して、叱らなくても自分で学んでくれます。
わが家の例。3歳くらいのころ、癇癪を起こして親を叩くことがありました。そういうとき、「叩くな」という代わりに「叩かれたら嫌だ」と伝えました。それでも叩こうとしたら「叩かれるのは嫌だからあっちに行く」と子どもを置き去りにして去ることにしていました。もちろん、追いかけてきてもかまってやらない。
叩かれるのは嫌だということ、叩くと人が離れてゆくという結果を体験することで、すぐに叩く癖はなくなりました。親としても、叱るよりずっと気楽でした。
ちなみに「子どもの心のコーチング 実践編」の他に、マンガの入っていない「子どもの心のコーチング」が有ります。内容はほとんど変わらないので、どちらを読まれても良いと思います。
2012年10月5日金曜日
子供に甘いのが、日本の伝統でした
日本は昔から子供をかわいがる国だったようです。
幕末に日本にきた外国人が、世界で一番子供に甘い国だと表現するくらい。
いわく、赤ちゃんは常時だっこやおんぶされており、放っておかれることがない。大人は子供とよく遊び、声高に叱ることもほとんどない。
「母親にだっこされている子供が、芋をかじるのと交互におっぱいを飲んでいた」という微笑ましい記述もありました。現代から見ても、大甘に甘い育て方です
武士道の教科書とも言われる「葉隠」に、子育て論があります。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」のフレーズで有名な厳しい本だから、子育てについてもさぞやスパルタかと思えば、
「幼いときから勇気を勧め、おどしたりだましたりしてはならない。(略)泣きやませようとして怖い話などするのはもってのほかである。(略)幼いときに強く叱ると引っ込み思案になってしまうから気をつけよ」
これがあの「早く死ぬ方に片付くばかりなり」の本とはとても思えない気遣いぶり。
こうして甘く育てられた子供たちが、どんな大人になったか。甘やかしたらワガママになるんじゃないかと思われがちですが、外国人たちは口をそろえて「日本人は、他のどの国民よりも礼儀正しく、親切だった」といいます。
甘く育てられたのに親切だったのか?
いや、甘く育てられたからこそ、親切だったのでしょう。
モンテッソーリは子供の特長として「吸収する力」をあげています。とくに三歳までは周りの環境をそのまま吸収するとのこと。
いくら礼儀作法を仕込んでも、横暴な態度で教えれば、子供は横暴な態度を覚えます。体罰を使って教えれば、「いうことを聞かない相手は叩いてもいい」と覚えるでしょう。
教える内容よりも、態度のほうが重要かもしれないのです。親の姿がそのまま子どもの将来の姿になると思えば、どうしても寛容に、根気強くならざるを得ません。そうして関係をしっかり築き、しかるのちに教えるべきことを教えていくのが、日本の伝統だったようです。
怖い父親、厳しいしつけという日本的子育てのイメージは、実は明治以降のもの。西洋の子育て理論が持ち込まれて来てからのようです。
子供中心主義といわれる昨今。実は日本の伝統的子育てに戻っているだけなのです。
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